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2019/04/17更新

江戸時代の「華の三職」!誇りを持って働く鳶職人の歴史

仕事

江戸時代、鳶職人は「華の三職」のうちの1つだったことを知っていますか?

建設業といえばしばしば3K(きつい・汚い・危険)と言われることもありますが、当時は人々の憧れのスターだったのです。

今回は鳶職人の歴史について、3Kと言われる建設業界について考えてみました。
 

鳶職人の歴史

鳶の仕事といえば、高い所で作業を行う職人というイメージを抱いている人が多いかもしれません。

鳶職の始まりは江戸時代まで遡ります。
 

江戸の華の三職

江戸時代、職人の種類は約140もあったと言われる中で、大工、左官、鳶は「華の三職」と言われ代表的な職人でした。

江戸の街を築き上げていくという仕事は、華やかで人々の憧れだったのかもしれません。
どの仕事も現代に欠かすことのできない重要な職業ですが、その歴史は江戸時代から続いているものでした。

また、江戸の町人の給料が約300文ほどだったのに対し、彼らは540文だったそうです。
これだけですでに倍近い額ですが、早朝から夜まで働いた日には1000文と町人の3倍以上に。

辛い下積み時代を超え、一人前になるのに10年はかかると言われる仕事。
乗り越える忍耐強さや高い技術に支払われる額だと思うと妥当な気もします。

 

鳶職人は江戸時代のスターだった!

木造の建物が所狭しと立ち並んでいた江戸時代は、「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど頻繁に火事が起きていました。

2~3年に1度は大火災が起きていたと言われ、その度に数千〜数万人の犠牲者が出たと言われています。

そんな中活躍したのが、火消と呼ばれる消防組織。
そのほとんどは鳶職を本業としていました。

現在の消火活動は放水や消化剤の散布がメインですが、当時は建物を壊すことで火が燃え移るのを止め、延焼を最小限に抑えていたそうです。

火消しとして命がけで街を火から守り、焼けた街を再建する三職は、当時の人々にとって憧れのスターでした。

参考:江戸時代の火消しは破壊が仕事!? 現代の消防士と違いすぎるその実態とは? – 江戸ガイド
 

歴史ある鳶職人の現在は?

当時は華の三職と呼ばれ歴史のある鳶職人の仕事ですが、現在はどうでしょうか?
 

現在の鳶職人の種類

現在は「鳶職人」と言っても役割によって作業内容が違います。

足場鳶
建設現場で作業用の足場を設置していく鳶職のことを「足場鳶」と言います。
安全面はもちろんのこと、他の作業者が効率よく作業を行えるよう考えて足場を組む力が求められます。

鉄骨鳶
鉄骨造の建物の建設において、鉄骨を扱う鳶職のことを「鉄骨鳶」と言います。
地上で鉄骨などをクレーンで吊り上げる準備をする「地走り」と、高所で吊り上げた鉄骨を組み立てる「取り付け」に別れて作業を行います。

重量鳶
建物の大型機械など重量物を搬入や取り付け、解体を行う鳶職を「重量鳶」と言います。
足場鳶、鉄骨鳶に比べ、より専門的な知識が必要になります。
扱うのは大きな機械など重量物ですが、搬入や取り付けには繊細な技術と専門性が求められます。

当たり前ですが、江戸時代の鳶職に比べ、技術の発展や安全面の重要視により、「鳶職人」と言ってもその作業内容は幅広いものになりました。
 

建設業の目指す新3K

建設業といえば3K(きつい・汚い・危険)の仕事と言われ、若者離れや人手不足が問題視されていました。

しかし最近では、新3K(給料・休日・希望)に変えていくという働きもあります。

ITやドローンなど新しい技術を取り入れ、作業の効率化を測ったり、週休2日実現に向け取り組む企業もあります。

建設業界にも働き方改革へ向けた動きが徐々に見られるようになってきました。
 

鳶の仕事に誇りを持つ

衣食住の住を支えるだけでなく、道路や橋などインフラ整備も担い、人々の生活に欠かせない役割を担う建設業。

そんな建設業の花形と言われ、江戸の町を築き上げてから現在まで街を作り続けているのが鳶職人の仕事です。
鳶職に誇りを持って仕事に取り組みたいですね。

 

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BUILD編集部

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